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東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)126号 判決

原告

藤田重信

右訴訟代理人弁護士

宍道進

弁理士

藤江穂

被告

株式会社新杵

右代表者

岩城喜久保

被告

外山泉

被告ら訴訟代理人弁護士

石川幸吉

弁理士

梅村明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実〈抄〉

一、原告は、昭和三六年五月二〇日の出願にかかり、名称を「砂糖粒子を使用し貝類魚類等の型を現わした慶祝用砂糖」とする登録第七七一七二〇号実用新案の権利者であるが、被告らは、昭和四〇年八月九日特許庁に対し右登録実用新案について登録無効審判の請求をし(同庁審判第五三二四号事件)、特許庁は、これに基づき昭和四六年八月三日その登録を無効とする旨、請求の趣旨掲記の審決をし、その謄本は同年一〇月四日原告に送達された。

(考案の要旨)

二、右登録実用新案の要旨は、次のとおりである。

二枚のポリエチレン紙2と3で砂糖粒子1を被包し、型押しと同時にポリエチレン紙2と3の外周縁2'と3'とを密着させてなる、砂糖粒子を使用し貝類、魚類等の型を現わした慶祝用砂糖(別紙図面参照〈略〉)。

(審決の理由)

三、そして、右審決は、本件考案の要旨を前項のように認定したうえ、次のような理由を示した。

本件考案は、昭和二年実用新案出願公告第一〇四一九号(以下、「引用例A」という。)に記載された「型内の包装紙に砂糖を容し置き、砂糖を圧搾すると同時に包装紙にて被包すること」という考案と対比すると、被包された砂糖がその被包を取り除いて使用されるときの状態に関して一致し、その構成上、次の三点において相違する。

(1) 型が、前者においては貝類、魚類等であるのに対し、後者においては餅であること、

(2) 被包する紙が、前者においてはポリエチレン紙であるのに対し、後者においてはそうでないこと、

(3) 被包が、前者においては二枚の外周縁を密着して行われるのに対し、後者においては一枚の被包用紙の接合部に封紙を貼付して行われること。

ところが、右相違点のうち、(1)、(2)については、実公昭三三―一八九七六号公報(以下、「引用例B」という。)に「型として魚類等の動植物形を選び砂糖をポリエチレン紙で被包すること」と記載されているから、本件考案には、格別の考案が認められず、また、(3)については、実公昭三六―一一二九一号公報(以下、「引用例C」という。)中、「有孔のポリエチレンシートと無孔のポリエチレンシートで菓子を包装するに当り、両シートの外周縁を融着して行うこと」との記載を本件考案のように砂糖の被包に適用することは、当業者が極めて容易に考案しうるものと認められる。

したがつて、本件考案は、引用例A、B及びCに記載されたものから当業者が極めて容易に考案することができたものと認められるから、その登録は実用新案法第三条第二項に牴触するものとして、同法第三七条第一項により無効とすることとした。

理由

一原告を権利者とする原告主張の登録実用新案について、被告らからなされた登録無効審判の請求に基き原告主張の審決が成立し、その謄本が送達されるまでの特許庁における手続の経緯、右実用新案の要旨及び右審決の理由に関する請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、本件審決に原告主張の取消事由があるか否かについて考える。

(一)  〈証拠〉によれば、引用例AないしCは、いずれも実用新案出願公告として、本件考案の出願前発刊されたものであることが認められるところ、右審決は、その理由によると、引用例AないしCの存在するところから、本件考案をもつて、当業者が極めて容易に考案することができたものであるとし、その判断の過程において、まず、本件考案と引用例Aのものとを対比すると、被包された砂糖がその被包を取除いて使用されるときの状態に関しては一致していると認定している。

そして、本件考案の要旨及び成立に争いのない甲第二号証(本件の実用新案公報)によると、本件考案は、包装資料で包み、その外形を種々の型に形成した贈答用砂糖に関する考案であるが、従来のものが普通、砂糖そのものを固化するため、これを少量宛食用に供するのに不便であつたところから、この欠点を除去することを目的として本件考案の要旨にある前掲構成をとり、これによつて、ポリエチレン紙で全体を被包された砂糖が外観上は所要の型に固形化しているように見え、また、指で押圧しても、形が崩れないに拘らず、粒子として存在しているため、ポリエチレン紙を取除けば、直ちに型を崩して小量宛の食用に適する状態となるよう効果を奏するものであること、これを推すときは、その砂糖はポリエチレン紙に被包される前から、これが取除かれるまで終始、固形化せず、粒子の状態にあることが本件考案の構成上必須の要件であることが認められる。

ところが、前出甲第三号証(引用例A)によると、引用例Aのものは、型内に硫酸紙等の包装資料を置き、そのうえに砂糖を入れ、これを包装資料で被包すると同時に円形等の祝言用餅形に圧搾し、包装資料の接合部に封紙を貼付してできる砂糖祝餅であつて、これに先行する砂糖祝餅の実用新案権を利用し、「砂糖ヲおそなへ餅形に圧搾シ、後コノ表面ニ糊被膜ヲ施シ、シカシテコレヲ包装紙ニテ被包スル」ことによつて構成される、その考案について、工程を省略し、また包装資料を通して砂糖を圧搾することにして改良を加えたものであるから、右考案においては、砂糖が圧搾されたうえ、その表面を糊で被膜され、それ自体で餅形を保つようにしたものであるから、砂糖は包装紙で被包されるときから既に固形化されていること、しかるに、この点について、引用例Aのものにおいては、砂糖を硫酸紙等に被包すると同時に餅形に圧搾するとされているだけで、その他、特に砂糖の保形の技術手段が示されていないことが認められる。したがつて、かれこれ考量すれば、引用例Aにおいても、砂糖は被包の後、圧搾されるときから少くとも餅形を保つ程度には固形化されていて、その構成において本件考案と異るものであると認めるのが相当である。被告らは、甲第三号証の明細書には、引用例Aのものにおいて、砂糖が圧搾の結果、固形化するという記載がなく、反面、「包装紙ヲ破レバ直チニ砂糖ナルヲ以テ使用ニ簡便ナリトス」との記載があることをもつて、引用例Aのものにおける砂糖の非固形化の根拠とするが、そのような事実だけでは、右認定を左右するに足りない。そうなると、引用例Aにおいては、砂糖が被包を取除いて使用されるとき、本件考案におけると同様、粒子状にあるという作用効果が生じるとは、到底考えられない。

しかしながら、前出甲第四号証(引用例B)によると、引用例Bのものは、上部は動植物形に形成したポリエチレン等のシートによつて被覆し、且つ、下部は台盤状に形成した覆片内に砂糖を圧入充填し、覆片の下部に台板を設けると共に覆片の端部を捻回する等、適宜の手段で封鎖してできる成型砂糖であつて、その明細書には、製法として、動植物形の凹窩を有する型に倒台盤状部及びこれに連通する孔を有する型を重ね、その内部に動植物形に形成した覆(ポリエチレン等のシート)を入れ、次で砂糖を圧入良く充填した後、台板を入れ、覆の端部を捻回する等して台板に圧接又は貼着し、型を外すという工程が示されるとともに、その効果として、「砂糖全体が……台板を有することにより良くその型態を保持」するものであるとされているが、砂糖自体によつて保形する技術は少しも窺えないことが認められるから、これから推量すると、引用例Bのものにおいては、砂糖に所要の型を保たせるため、覆に圧入充填するに際して砂糖にある程度圧力が加えられるにしても、それは、砂糖を固形化する程度のものではなく、したがつて、砂糖は依然として粒子の状態を保つているものと認めるのが相当であり、また引用例Bのものが、そのような構成をとる以上、被包された砂糖が被包を取除いて使用されるとき本件考案におけると同様、直ちに型を崩して小量宛の食用に適する状態となるという効果を奏することは、当然の帰結と考えられる。

そうだとすれば、本件考案において、その目的とされた前記のような効果を達成するために採用された砂糖非固形化に関する技術的構成は、引用例Bの考案と相違するところがないといわなければならない。

(二)  次に、原告は、本件考案が引用例Aのものによつて充足されない構成要件として、(イ)砂糖を被包するポリエチレン紙に貝類の縞目、魚類の鱗、鰭等の繊細な立体模様が施されている点、(ロ)そのポリエチレン紙に型押しをし、その二枚の外周縁を密着させるのに、ポリエチレン紙の熱可塑性を利用する点を挙げるが、本件考案の要旨によれば、本件考案は、その構成上、砂糖粒子がポリエチレン紙により被包された状態が所要の型を現わしていれば足り、そのポリエチレン紙に原告主張のような模様が施されていることを要件としていないことが明らかであり、また、本件考案がポリエチレン紙の熱可塑性を利用するものであることは、その考案の要旨及び明細書(前出甲第二号証)に明らかにされていないから、原告主張の点をもつて、本件考案の構成を限定する事項であるとして、引用例Aのものと相違するということはできない。

(三)  最後に本件考案が右審決が認定したように引用例Aのものと、その構成上、(1) 砂糖を被包したときの型、(2) その被包の紙、(3) 被包の方法において相違することは、原告の自陳するところであるが、右(1)、(2)の点につき、引用例Bに、また、(3)の点につき、引用例Cに、それぞれ右審決が認定したような記載があることは当事者間に争いがないから、本件考案の右(1)、(2)の構成は引用例Bのもの以上に格別の考案を要するものでなく、また、同(3)の構成は引用例Cに基づいて当業者が極めて容易に考案しうるものであると考えられる。

なお、原告は、本件考案が引用例B、Cのものと、その他の点で相違しているとし、右審決がこれを看過して本件考案のその点の進歩性を否定したのは誤りである旨を主張するが、以上において触れた以外に本件考案の進歩性があることについては、なんら具体的な主張がないので、原告の右主張は取上げるに足りない。

(四)  そうだとすると、本件考案は、引用例A、B及びCに記載された考案から当業者が容易に考案できたものというべきであつて、本件考案について考案の進歩性を否定した右審決の判断は、その過程において一部、事実誤認があるとはいえ、結局、正当たるに帰するから、これを違法とすることはできない。

三よつて、本件審決に違法があるとして、その取消を求める原告の本訴請求を、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規程を適用して、主文のとおり判決する。

(駒田駿太郎 中川哲男 橋本攻)

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